師走だなぁ。僕は君といる時が一番師走なんだ。徳田です。誰に何をどう思われても構わない、というきつめの思いを一番奥に、そのスペクトラムを楽しむのがもしかしたら、「不器用な器用族」として生まれついた種族の、宿命なのかも知れませんね。

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できるだけ全力で瞬発的に答えるべく誂(あつら)えた、ここはひんやりとした心の洞窟。

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簡単問題解決箱。
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胸に輝くは、自分だけの、ゴールデン・ルール。

最近多い「テレビが家にない自慢」をされるとイラっとくるタイプですか?

2020/09/08 23:08

いえ、おそらくイラッとはこないタイプです。

「最近テレビ見てない」や「そも、家にテレビがない」が自慢になるという現象は、確かに存在するようですね。

それは「低劣なテレビ番組などは一切見ない私」や「的確で速報性の高いネット媒体に隙なく触れている私」アピールになるということですよね。

テレビ番組の内容や表現が拙劣であることも、ネット媒体の方が即時性や当事者性が強いことも事実ですから、それをアピールしたくなる気持ちが湧き上がってくること、または「正しい行いであるという自信の表れ」、そしてそれを他者にマウント道具として使いたくなることは、理解できる範囲ではあります。

そういう自慢をされたことはないので実際のところイラッとくるかどうかはわからないんですが、これは逃げられない「年齢との戦い」とも言えるかもしれません。

今10代、これから10代になろうとしてる人らが、「家にあるテレビの存在感」について、我々と同じ感覚を持っているとは、どう考えても思えませんよね。

生まれた時に、家に古いながらもテレビがあった人と(私はそういう時代)、大人になって初めて「テレビという文化に触れた」人とはおのずと感覚が違うでしょうし、そこは責めても批判しあってもしょうがないところ。

「ワシがお前らくらいの時にはなぁ!」みたいなスタイルの説教は「んなこと言われてもなぁ…」という反応しか引き出せないんじゃないですかね。

例えば「家に包丁がない」が自慢になるか??

オートマティックキッチンで、人型ロボットが高級レストラン並みに調理されたレトルト食品を効率よく配膳してくれる。

億単位のお金があればいつか叶う未来の食卓。

「包丁がない」が、「野菜ひとつ自分で切れない無精で不器用な人」という評価から「ゴージャスな最先端な暮らしをしている大金持ち」という評価を表す言葉に変わる。

いつか「テレビが家にない」と言われたら、「えええっ!!じゃあ、家に…“アレ”があるの!?」という驚きと尊敬を呼び起こす、象徴的なフレーズになるかもしれません。



“アレ”ってなんだろう。

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