弥生の徳田です。
徳田弥生です。

弥生時代という名前は、現在の東京都文京区弥生にある向ヶ岡貝塚で新種の土器が発見されたことに端を発します。

とは言え、その土器が作られ、使われていた頃にはそれを「これは弥生土器だ」と思っている人は一人もおらず、「今は弥生時代である」と認識していた人も、誰もいませんでした。

今は「令和だ」と明確に認識できていて、記録にも残せるけれど、弥生時代の人が「そうは思ってなかったこと」のようなものは、現代にもあるはずです。

現代だからこそ、同時代を生きる者だからこそ、絶対に見えないレイヤーがある。

眼前の現象にだけ、惑わされがちな生活の中、「なんでそうなってるの」の解は検索すれば見つかる時代とは言え「どれを選ぶのが最短なのか」をこそ悩む時代。

選択するには、歴史があったほうがいい。

日夜不思議に思うなら、ご質問ください。
しんどい思いがあるのなら、ご相談ください。


遅効性を備えたみちしるべを灯す、
ここはひんやりとした精神と哀しみの塔。

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お互いにほんのわずかのメリットが、じんわり芽生えはじめること、うけあいです。



「世間」と「物語」に負けない強さを。
胸に輝くは、自分だけの、ゴールデン・ルール。

辛い事が多いときは現実逃避してもいいですか?

2021/01/11 13:41

ぜんぜん、どんどんしていいと思います。

これも認識の方法だと思うんですけど、現実逃避で例えばフィクションものに没頭したり、旅行に行ってみたり、寝てみたりすることって、まさに完全に「現実」ですよね。

現実からの逃避、なんて人間にできるわけがないので、どれを「現実」ととらえてるか、というところになるんですよね。

「逃避できる」と感じる何かが「非現実」なのだとしたら、辛い、しんどい、逃げたいと思う方も「非現実」かもしれないじゃないですか。

単なる言葉遊びに見えるけど、生きてる世界がどこまでも現実なのだとしたら、もしかするとすべてが、実は非現実かもしれない。

「受け入れたくない」の言い換えなんですよね、「現実」って。
または「受け入れざるを得ない」っていうことなのかも。

つまりは「うまく切り替えて、心に隙間を作って戻ってこられるかどうか」っていうところなのだと思います。

肩が凝りすぎて辛くて、ああもう逃げるぞ!って作業を止めて、肩凝りがマシになったらまた作業を続けられる…っていう感じ。

目標とか、達成したい何かがあるならば、それに向かって、うまく切り替えて、こまめに逃避して、「続ける」っていう主線をキープする必要があります。

でも本当の問題は、「自分は非現実に生きている」と感じてしまってから、のような気がするんですよね…。

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